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1st Ticket

Not for theatergoers

造形美と機能美と、もう一つの美意識

キレイな情景を見ると、なぜ泣きたくなるのか。

でもとても美しいものであっても、時に全く心が動かないのも、なぜか?

というような疑問が浮かんで何度か考えたことがある。
美意識と感動の関係。


まず、美しさには「造形美」と「機能美」があると思っていた。
これはプロダクトや建築のデザインを例にとるとわかりやすいのだが、アートの表現の中にもあると思っている。
また、ある意味では無形の表現でも、それがデザインされたものなら当てはまる気がする。
「造形美」は色・線やカタチ、あるいはリズムや旋律など知覚できるアウトプットの、知覚そのものの「気持ちよさ」であり、
「機能美」とはそれが生まれた意味というか、ある効果を的確に生んでいること、あるいはそれをなしうる技術やアイディアへの「驚異感」だと思う。

 

例えば、舞台照明でオレンジの光が差すとそれだけでも美しいが、
それが夕焼けを、時間の変化を感じさせるというトリックがさらにステキ。

 

舞台装置で「枠」があり、その中に人が立ったり通りすぎるその姿だけでおもしろいが、
その枠がドアや窓やテレビ画面や鏡の中も表現できることがさらにステキ。

 

そしてもう1つ要素があるとしたら、それは感情美だと思う。
特に愛情やそれに近いもの、もしくは誠実であること、時には自己犠牲など。
それを美しいと思うのは、私が共感するからではない。
私は父親が息子に向き合おうとする決意や、離婚した夫婦同士の愛着を経験してないけど、それを美しいと感じることはできる。
これは本当にふしぎだ。私たちが美しいと思う感情は、なぜかある。美しいと思う色や音があるように。

それらが全て重なると、美しさに圧倒される感覚がある。


ところでこれを考えたのは舞台『PLUTO』を観た時なのだが、
あれは特に「機能」を美しくするために、2015年このキャスト・スタッフでできるあらゆることがなされていたんだけど、その分、感情の美しさが弱く見えてしまったように感じた。
なんだこの美術!衣裳!映像!カッコイイ&カワイイ!マンガ感すごい出てる!本当に生まれ変わったように見える!…と驚くのに忙しくて、泣けなかった気がする。特に「感情」をテーマにしたシナリオなのでギャップだった。でもとてもおもしろかった、機能美を楽しんだ。

たぶん、機能は、技術やアイディアはどんどん新しくなっていくし、それにより表現できる造形は多彩になっていく。
でも美しいと思う感情は、新しくならない。
それがいつの時代だろうと、乖離していかず、最高のバランスで見たいなあと思う。


また違う話になるが、美しくないもの、醜い造形・機能・感情にも、心は動き、感動しうる。

それが好きだったり観たくなったりする。これもとてもふしぎなことだなあと思う。