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1st Ticket

Not for theatergoers

テアトル・ド・アナール「トーキョー・スラム・エンジェルス」

事件に触発されて芸術が生まれることはよくある。
しかし逆に「芸術に追いつくように、事件が起きる」瞬間に立ち会うことは、そう無い。
私はこれまでに二回経験した。
一度めは、NODA・MAP『エッグ』。2012年9月に観劇。
来年2月に再演されるので、あまり核心に触れるとネタバレになってしまうけど、
この作品は『エッグ』という架空のオリンピック競技を通じて、日中問題に触れている。
尖閣問題が表面化したのは、2012年夏。
このクラスの興行なら2年前には企画があるだろうし、事件の後に創られた脚本ではない。でも野田秀樹さんは嗅ぎ取っていたんだろう。
2012年9月中国で反日デモが激化。日の丸や日本車が燃やされ、日本のスーパーが襲撃された。
兄が中国にいたので「誰が最初の犠牲者になってもおかしくない」と怖い想像をしていた私は、同時期にこの演劇を観て泣いたし、今こそ観るべき作品だと思った。
そして東京オリンピックも、追いついた。開催が決まったのは、さらにその一年後だ。
二度めは、たったつい最近、『トーキョー・スラム・エンジェルス』である。
2020年以降の日本を舞台に、縮まらない格差を上層と下層の視点から描いている。
例えば、証券会社で成功したエリート中国人と、VISAもなく不法滞在しているスラムの中国人を、同じ俳優が二役で演じていたりする。
作・演出の谷賢一さんは、公演初日のブログでこう書いた。




まさにこの作品、このタイトルどおりの、不思議なメッセージを残して終わる。
初日は、この終わり方はハッピーな感触だった。
そこで起きた、ここ数日のGDP二期連続マイナス、株価下落、増税先送り、解散総選挙
『トーキョー・スラム・エンジェルス』を観た人にとっては、「あの舞台が着実に近づいている」という生々しさがあったはずだ。
そして休演日明けの19日公演。場内の空気は重く感じた。いや、私の気が重かっただけかもしれないが。
谷賢一さんは、19日のブログでこう書いた。


夜明けはあるのか、ないのか、そしてそれは問題なのか。
…そうも言ってられなくなってきた。
夜明けはどうやら来ない。じゃあどうする? 質問の質が変わってしまった、数日で。
そして芸術は質問してくれるが正解はくれないので、自分が何をするかは自分で決めなきゃいけない。
もちろん私の役目として、上演中の『トーキョー・スラム・エンジェルス』を多くの人に観てもらいたいが。
『エッグ』は売れるのに『トーキョー・スラム・エンジェルス』は売れないのだ。か、カクサめ。
でも、そう、私が学生の時から演劇は比較的売れないモノだった。たぶんこれからも売れない。
売れないから、じゃあどうする?そこから考えるのがこのご時世の私の役目かもしれない…。

ともかく今、『トーキョー・スラム・エンジェルス』と谷賢一さんへの評価を世に残しておきたい。